第7回登山入門講座「太平山」
第7回登山入門講座は、秋田市の奥座敷である太平山で、十月七日に、三十人の参加者によって開催されました。
七時二十分、松原の補陀寺の駐車場に、八台の車で参加者三十人が集合しました。「登山資料」として、「無雪期登山標準装備表」と「地形図『太平山』」コピーが渡されました。初めての参加者として、熊谷誠喜さんが紹介されました。
斎藤重一リーダーのあいさつのあと、旭川を溯って仁別国民の森、旭又に向かいました。天気予報では、日中はくもりか雨で、夕方から天気が上がってくるそうで、ちょっと心配でしたが、どうやら早めに青空が広がってきたようです。「さすがに、山楽会日和だ」とみなさんうれしそうです。
旭又口から登山
旭又(300m)に八時十五分着。登山準備、体操。地図で現在地の確認。八時三十分、記念写真撮影後、一班を先頭にして、出発。
前日の雨で、山道は濡れていますが、さわやかな朝です。このあたりは、まだもみじには早いようです。弟子還沢橋を渡り、まもなく山ノ神(405m)に着き、小憩、九時。祠があります。ここは御滝神社とも呼ばれ、近くの旭又沢にきれいな滝があります。昔は、この滝で心身を清めて山に登ったから、垢籬事場ともいいました。敬虔な修験道の盛んだった昔、そして、山を敬いながら仕事をした杣人の心のさまがうかがわれます。
ひとりの故障者もなく
アヤメ坂を登る!
いよいよ、第一の難所であるアヤメ坂です。名前は、急坂の両側にヒメシャガ(アヤメ科アヤメ属)が群生して、五月末から六月の花期にはみごとな花の道になるのに由来します。いまは、緑の葉だけしか見られませんでした。
九時三十分、坂の中間点で小憩します。急坂で息が切れます。水分補給を指示されます。このあたりは、ブナ、ミズナラのあいだに、天然スギの巨木が天を摩して、見る者を圧倒します。登山道は、弟子還沢、御手洗沢にはさまれる尾根を登っていくのですが、ところどころ、奥岳、宝蔵岳、剣岳の主稜線が遠望できました。青い空が広がっています。
湧き水の凅れた御手洗
やがて、スギが見られなくなって、ブナの純林に変わりました。御手洗(832m)には、十時三十五分に到着、五十五分まで、ゆっくりと休憩しました。全員元気です。
ふしぎなことに、御手洗の名前となった泉の水が涸れています。日照りがつづいたせいだと思いますが、はじめての経験でした。赤いお地蔵さんの前で記念写真。
奥岳・旭岳稜線までのブナ林内の急坂もつらいところです。十一時三十分、小憩。やがて、先を行った小林英三サブリーダーが、十一時五十五分、稜線上の鐘を鳴らして、みんなを元気づけてくれました。
無残な小屋
全焼の跡に心を痛める
十二時十五分には、全員が奥岳(1170m)頂上に登りました。奥岳、旭岳(1140m)、笹森(1045m)、赤倉岳(1084m)、馬場目岳(1037m)とつづく主稜線の紅葉、黄葉はみごとでした。エゾオヤマリンドウの花が霜焼けしながら、わずかに見られました。昼食休憩です。
頂上小屋は、さる九月二十二日昼、全焼しました。痛々しい焼け跡を見ました。神社は類焼を免れましたが、管理人、神官は下山して、閉鎖されていました。奥岳に集中する各登山道の説明もありました。みなで、登頂の記念写真を撮影しました。十三時、下山開始。
いまも隆起している
太平山?
御手洗、十三時五十五分。ここで、斎藤リーダーから、太平山の成立ちについてのあらましが説明されました。この山は、隆起山地であり、県内で多く見られる火山ではなく、岩盤の基盤は花崗岩(白亜紀の花崗閃緑岩)であって、同じ粘土状の地表であっても、火山の火山灰、花崗岩の風化砂のものとは大きく違うことなどが話されました。
山ノ神、十五時二十分。旭又、十五時五十五分に帰着。全員で体操。
入門講座らしく
「個人装備」の解説が
すぐに、国民の森園地へ移動して、十六時二十分まで、「個人装備」についての講座をおこないました。
十七時から十八時まで、ザ・ブーンで入浴。このあとの女神山、小影山への参加の要請、十月十六日の「年金者一揆二〇〇八 in 秋田」への参加要請があったのち、全日程を終了しました。


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