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2008年10月28日 (火)

10月月例登山「女神山」

Photo_8  濃霧→快晴!  
 十月の月例登山は、十月二十二日、奥羽山脈真昼岳の南に位置する女神山(955・8m)でした。
 一週間前に下見に入ったときには、岩手・宮城内陸地震や豪雨の被害があり、下前川沿いの林道三カ所が土砂崩れのために不通でした。ようやく、十月二十日から開通するというきわどさでした。
 林道が狭くて、大きなバスは入れないため、参加者三十八人が二台のマイクロバスに分乗しました。バスは、秋田駅東口を六時三十分に出発しました。秋田中央ICから秋田道に乗ります。濃い霧に包まれながら走り、山内PAでバスが待ちあわせます。
 秋田道を、七時五十分、湯田ICで降りて、旧沢内村を走る県道1号線を北上し、下前・白糸ノ滝の道路標識から左折して花巻大曲線に入ります。五キロほど進んで、下前川に平行する相沢林道をたどります。なかなかな難所でしたが、巧みな運転手さんのハンドルさばきで、八時十五分、登山口(540m)に到着しました。よく晴れ上がりました。まさに「山楽会日和」です。

Photo_9   元気いっぱいで、
      出発する
登山準備、準備体操、班編成、出発前の記念写真。斎藤重一リーダーから、ブナとミズナラの葉脈と葉形の違いについての講義。
 八時五十五分、一班を先頭にして、出発。九時五分、尾根コース分岐から、急坂にとりつきました。姫滝の岩場を右前方に望むあたり、九時二十分から、小憩をとりました。晴れ、無風。
 九時四十五分、尾根に出て、小憩。すばらしい黄葉のブナ林がつづきます。斎藤リーダーの第二の講義、黄葉、紅葉、緑葉をつくる「黄の色素(カロチノイド)」、「赤の色素(アントシアニン)」、「緑の色素(クロロフィル)」などについて。
 ゆるやかな尾根道を、ブナの黄葉に身を染めて、ゆっくりと登ります。小さな木片に、「つつじ咲くつつじ満開できれいだな 下前分校」とあって、幼い子どもの句に微笑みました。
 十時三十分、県境コース分岐(847m)に着きました。晴れ。藤田百合子さんが、ブナの枯れ枝をたくさん集めて背負っています。「アートの材料です」とのこと。「芝刈り婆さんだ」とひやかす人もいます。女神山頂上まで、あと百メートルの登りです。

 計画書どおりの
    時刻に登頂!

 十一時、女神山山頂(955・8m)に到着しました。正確に計画書どおりです。山楽会のなかまの脚力、気力はたいしたものです。お天気よし、無風のなかで、十二時までゆっくりとたのしい昼食休憩です。
Photo_10  頂上は、標高が高く、風もつよいためにブナ樹は灌木化しています。東には岩手県側の、西は秋田県側仙北平野の展望が楽しめました。北への尾根つづきには、真昼岳(1059m)が望まれました。遠い山々は、霞んでいてよく見えないのが残念でした。
 「女神山山頂」標木のまえで、登頂記念の写真撮影をしました。下山開始。県境コース分岐、十二時十分、晴れ。ここからはなだらかな県境尾根のブナ林のなかをすすむ。高度が下がるにつれて、ブナの黄葉がみごとになっていきます。その林床には、黄色に葉を染めたオオバクロモジもたくさん生えています 
 女性のみなさんの合唱も聞こえてきました。      

  ブナ見平の
  みごとなブナ樹林
  十三時十分、ブナ見平(680m)に着きました。名前のとおり、形のよいすばらしいブナ林が広がっています。下から四人の茸採りが登ってきました。籠をのぞきこむと、収穫はなにもありません。「全然ない」と嘆いています。ことしは、ブナの堅果は大凶作、茸もおつきあいして凶作なのでしょう。きれいなブナ樹を背景にして記念写真を撮りました。Photo_11 班ごとの写真も。

Photo_12  名瀑「降る滝」を見学
 女神霊泉には、十三時四十分に降りました。ザックをデポして、降る滝を見物しました。見事な滝です。火山の多い奥羽山脈のなかで、和賀岳から真昼岳、女神山にかけては、隆起山地なので、こういう地形が見られるのでしょう。
 十四時五分、ふたたび登山口に向けて下ります。白糸ノ滝の見物は省略、上部の登山道から垣間見ました。登山口には、十四時三十分に帰着しました。班ごとに整理体操。五十分、バス出発。

 大沓温泉で汗を流して
 帰りは、湯田町大沓温泉に寄って、一日の汗を流しました。
 二台のマイクロバスへの分乗で、全員での交流ができなかったのは残念でしたが、いい山といいお天気の満足を乗せて、帰路についたことでした。

    

登山に役立つ話(41)「鳥海山のこと、その2」

 鳥海山の気象について

 前回、鳥海山のような日本海側の高山では、厳冬期には世界一の積雪、強風にさらされることが、「偽高山帯」をつくる理由だとのべました。

 * 鳥海山の雪
 秋田での高齢者大会に招かれた長野県栄村長高橋彦芳さんは、村には積雪七メートルの記念碑があると話されました。山では、これに数倍する雪が降ります。
 昭文社エリアマップ「鳥海山」の調査・執筆をした池田昭二さんは、「鳥海山では、吹きだまりも数えると厚さ九十メートルもの積雪地点がある」と話しました。これは驚異です。残雪(雪渓)の大きさ、長さからしても、鳥海山はわが国有数のものです。月山の夏スキーが喧伝されます

が、鳥海山の東面の残雪の大きさには及びもつきません。

  * 冬の季節風の
     ものすごさ
 冬、西高東低の気圧配置(冬型)が、日本海側の地方に寒気と降雪をもたらします。北極地方に中心をもつ高気圧・寒気は、日本あたりの中緯度では波形を呈しますから、それが移動性の高気圧、低気圧として現れます。
 つよく寒い高気圧が日本海を渡るときに、暖かい日本海の水蒸気を十分に含んで、日本にやってきます。これが、鳥海山、出羽丘陵、奥羽山脈に衝突して大雪を降らせます。海から直接にせり上がる鳥海山では、冬の風は強烈です。山の風速は、ときに平地の七倍、十倍にも達しますからたいへんです。

  * 案外に高い、
     鳥海山の気温
 では、厳冬期の鳥海山の気温も、シベリアに近い分寒いのかというと、そうではありません。鳥海山の真冬の強風時でも、せいぜいマイナス二〇度くらいまでで、ふつうはマイナス一五度どまりです。これは、内陸の蔵王連峰熊野岳あたりで、しょっちゅうマイナス三〇度以下になるのと比較しても暖かいといえます。

 * 秋→冬は、
   めったに晴れない
 冬に鳥海山が晴れるのは、大きな高気圧に上空が覆われたとき。これは、月に一、二回しかありません。また、日本海に低気圧が入ってきたとき。これは、疑似晴天といって山の遭難を招くことが多いものです。

  書き尽くせませんが、鳥海山は、その位置、高度からして、秋田県内の他の山に比して、いくつもの特異な気象現象をもつといえます。冬に限らず、いったんお天気が崩れたら「危ない山」だということも知っておきましょう。

2008年10月14日 (火)

 第7回登山入門講座「太平山」

Photo 第7回登山入門講座は、秋田市の奥座敷である太平山で、十月七日に、三十人の参加者によって開催されました。
 七時二十分、松原の補陀寺の駐車場に、八台の車で参加者三十人が集合しました。「登山資料」として、「無雪期登山標準装備表」と「地形図『太平山』」コピーが渡されました。初めての参加者として、熊谷誠喜さんが紹介されました。
 斎藤重一リーダーのあいさつのあと、旭川を溯って仁別国民の森、旭又に向かいました。天気予報では、日中はくもりか雨で、夕方から天気が上がってくるそうで、ちょっと心配でしたが、どうやら早めに青空が広がってきたようです。「さすがに、山楽会日和だ」とみなさんうれしそうです。

  旭又口から登山
 旭又(300m)に八時十五分着。登山準備、体操。地図で現在地の確認。八時三十分、記念写真撮影後、一班を先頭にして、出発。
 前日の雨で、山道は濡れていますが、さわやかな朝です。このあたりは、まだもみじには早いようです。弟子還沢橋を渡り、まもなく山ノ神(405m)に着き、小憩、九時。祠があります。ここは御滝神社とも呼ばれ、近くの旭又沢にきれいな滝があります。昔は、この滝で心身を清めて山に登ったから、垢籬事場ともいいました。敬虔な修験道の盛んだった昔、そして、山を敬いながら仕事をした杣人の心のさまがうかがわれます。

 ひとりの故障者もなく
  アヤメ坂を登る!
 いよいよ、第一の難所であるアヤメ坂です。名前は、急坂の両側にヒメシャガ(アヤメ科アヤメ属)が群生して、五月末から六月の花期にはみごとな花の道になるのに由来します。いまは、緑の葉だけしか見られませんでした。
Photo_2 九時三十分、坂の中間点で小憩します。急坂で息が切れます。水分補給を指示されます。このあたりは、ブナ、ミズナラのあいだに、天然スギの巨木が天を摩して、見る者を圧倒します。登山道は、弟子還沢、御手洗沢にはさまれる尾根を登っていくのですが、ところどころ、奥岳、宝蔵岳、剣岳の主稜線が遠望できました。青い空が広がっています。

 湧き水の凅れた御手洗
  やがて、スギが見られなくなって、ブナの純林に変わりました。御手洗(832m)には、十時三十五分に到着、五十五分まで、ゆっくりと休憩しました。全員元気です。Photo_4 ふしぎなことに、御手洗の名前となった泉の水が涸れています。日照りがつづいたせいだと思いますが、はじめての経験でした。赤いお地蔵さんの前で記念写真。
 奥岳・旭岳稜線までのブナ林内の急坂もつらいところです。十一時三十分、小憩。やがて、先を行った小林英三サブリーダーが、十一時五十五分、稜線上の鐘を鳴らして、みんなを元気づけてくれました。

Photo_5  無残な小屋
 全焼の跡に心を痛める
 十二時十五分には、全員が奥岳(1170m)頂上に登りました。奥岳、旭岳(1140m)、笹森(1045m)、赤倉岳(1084m)、馬場目岳(1037m)とつづく主稜線の紅葉、黄葉はみごとでした。エゾオヤマリンドウの花が霜焼けしながら、わずかに見られました。昼食休憩です。Photo_3 Photo_7 頂上小屋は、さる九月二十二日昼、全焼しました。痛々しい焼け跡を見ました。神社は類焼を免れましたが、管理人、神官は下山して、閉鎖されていました。奥岳に集中する各登山道の説明もありました。みなで、登頂の記念写真を撮影しました。十三時、下山開始。

Photo_6  いまも隆起している
       太平山?
 御手洗、十三時五十五分。ここで、斎藤リーダーから、太平山の成立ちについてのあらましが説明されました。この山は、隆起山地であり、県内で多く見られる火山ではなく、岩盤の基盤は花崗岩(白亜紀の花崗閃緑岩)であって、同じ粘土状の地表であっても、火山の火山灰、花崗岩の風化砂のものとは大きく違うことなどが話されました。
 山ノ神、十五時二十分。旭又、十五時五十五分に帰着。全員で体操。

 入門講座らしく
「個人装備」の解説が
 すぐに、国民の森園地へ移動して、十六時二十分まで、「個人装備」についての講座をおこないました。
 十七時から十八時まで、ザ・ブーンで入浴。このあとの女神山、小影山への参加の要請、十月十六日の「年金者一揆二〇〇八 in 秋田」への参加要請があったのち、全日程を終了しました。

登山に役立つ話(40)「鳥海山のこと」

 ① 鳥海山の「偽高山帯」

 悪天候のために、十月の月例登山鳥海山は中止でした。その悔しさもこめながら、鳥海山について、三回にわたって書きます。

 * 山の植生帯のこと

 山の植物の垂直分布は、低い所から頂上部にかけて、山地帯、亜高山帯、高山帯などと呼ばれます。ブナ、ミズナラ、コナラなどの落葉広葉樹林帯が「山地帯」(鳥海山では標高1000mくらい)です。
 「亜高山帯」はオオシラビソ、コメツガなどの針葉樹の植生帯を指します。ところが、鳥海山では、この針葉樹林が見られません。かわりに、(1500mあたりまで)ダケカンバ、ミヤマナラ、ナナカマドなどが密生します。
  1500mあたりから頂上部までが「高山帯」です。ここでは、尾根部、雪田部などに、ハイマツ、イワウメ、コメバツガザクラ、チョウカイフスマ、イワブクロ、イワギキョウ、ガンコウラン、コケモモなどのお花畑が広がります。

 * 「亜高山帯」=「偽高山帯」

 鳥海山、月山、朝日連峰、飯豊連峰などの日本海側の多雪山地では、オオシラビソなどの「亜高山帯」=針葉樹林帯が欠如します。そして、景色は高山帯とよく似ているので、「偽高山帯」と呼ばれます。
 なぜ、鳥海山などには針葉樹林がないのか、これにはいろいろな説があります。

 [梶 幹男説]1982年提出 いま、約1600mくらいのブナの上限が、温暖な縄文時代には、2000mくらいまで上昇した。針葉樹は、ブナにより追い上げられてしまった。やがて、気温が下がり、ブナ林の上限も下がったが、針葉樹は復元せず、偽高山帯が生じた。(ブナ追い上げ説)

[杉田久志説]1991年提出 東北日本の山地ではトウヒ属の針葉樹が繁栄していた。しかし、後氷期の多雪化により、針葉樹林は衰退し、全滅した。四千年ほど前から、オオシラビソなどモミ属の針葉樹が復活してくるが、日本海側多雪地帯では、これも拡大できなかった。(多雪説) 

 いまは、杉田説が有力です。
 なにしろ、鳥海山、谷川岳、白馬岳、立山、白山などの日本海側高山は、中緯度としては世界一の多雪帯、世界一の冬季強風帯ですから、「偽高山帯」のできるのもうなずけます。
  なお、鳥海山の支峰稲倉岳(1554m)には、数千本のコメツガ林が確認されていますが、これも不思議なことです。理由は、よく分かりません。

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