遠征登山「岩手山」
ことしの県外遠征登山は、七月九日・十日の二日間、岩手山に登りました。これには、年金者組合県本部も共催し、バスの補助席いっぱいの六支部五十六人が参加をしました。
岩手山は、昨年末の山楽会員のアンケートでは、登山希望者が、二十六人も集中した期待の山です。
七月上・中旬は梅雨時ですので、天気を心配しましたが、参加者の熱気で好天を引き寄せて、全日程を、ほぼ予定通りに終えることができました。
バスのなかから、登る気満々!
男鹿を早朝に出発したバスは、参加者をつぎつぎに乗車させながら、秋田駅東口には五時二十分に到着し、ここで大人数の参加者を乗せ、五時三十分に、岩手県に向かって出発しました。
お天気は曇りです。R13を走るバスの左窓から、太平山がすっきりと見えています。予報では、「きょうは曇りときどき晴れ、あす十日は曇りか雨」とあります。
道の駅「協和」、田沢湖駅(七時十分)で、途中乗車のみなさんを乗せて、バスは、仙岩峠を越えて岩手県に入りました。いまにも雨が降りだしそうな厚い雲でした。
斎藤リーダーから、岩手火山についての話がありました。岩手県出身の石川啄木、宮沢賢治などの詩歌も紹介されました。とくに、賢治の『春と修羅』のなかの長詩「東岩手火山」は、山頂薬師岳でのご来光を拝したときのもので、私たちも同じ体験のできることが期待されました。
盛岡ICから東北自動車道に乗り、西根ICで降り、ここで鹿角、大館の三人のなかまが合流し、これで全参加者五十六人が顔をそろえました。
R282から東北自然道に入ったら、突然、岩手山頂が雲のあいだから望まれました。「おお、これはいい天気だ!」と車内に歓声があがりました。
焼走り国際交流村の駐車場(標高570m)には、八時三十分に到着しました。 早速、登山準備です。班編成、リーダーからのあいさつ、焼走り熔岩流前での記念写真、準備体操の後、九時二十分に、岩手山頂をめざして、全員元気いっぱいに出発しました。
焼走り熔岩流の大きさに驚く
登山道は、熔岩流の右側を登っていきます。十一時、小憩。林の左側は、依然として焼走り熔岩流です。ナラ類を主体にした明るい林がつづきます。足元には、トリアシショウマ、ハクサンチドリ、ミヤマハンショウヅルなどの花が咲いています。ハクサンシャクナゲも盛りでした。第二噴出口(1100m)には、十一時四十分に着きました。長い熔岩流を展望します。
第一噴出口(1251m)は、十二時着。十三時までの昼食休憩です。噴出口展望台を過ぎると、まもなく、いよいよ期待のコマクサの大群落です。 堆積した火山弾の斜面は、コマクサが花盛りでした。コマクサの間には、キバナノコマノツメもいっぱいです。
宮沢賢治の詩『熔岩流』冒頭の一節が、思い出されました。
喪神のしろいかがみが
薬師火口のいただきにか かり
日かげになった火山礫堆 の中腹から
畏るべくかなしむべき
砕塊熔岩の黒
上坊神社からの登山道と合流するツルハシ(1450m)は、十三時四十分に通過しました。シラネアオイ、カラマツソウ、サンカヨウ、ミヤマキンバイ、タカネアオヤギソウ、マイヅルソウ、ツマトリソウなどの花々がいっぱい咲いていました。
屏風尾根の起点、平笠不動
十五時、平笠不動避難小屋(1730m)に着きました。
しばらく、ゆっくりと休み、救護のみなさんの到着を待ちます。キビタキ、カッコウの声が聞こえました。ちょっとハスキーなホシガラスの声もします。救護班と入れ違いに、十五時三十分、頂上へ向けて出発です。ほぼ、直登にちかい形で頂上外輪の稜線をめざします。イワカガミも咲いています。薄日が射してきて、暑さもきついのですが、涼しい風が吹いてくれて助かります。コケモモが花盛り、ウコンウツギが黄色っぽい白い花をいっぱい咲かせていました。かつて、山楽会で、大雪山縦走をしたときのことを思い出しました。
外輪稜線に近づくと、白くイワウメが咲いています。頂上(2038m)、十六時二十分、記念写真、予定よりすこし遅れています。涼風で、すこし寒いくらいです。ザックのデポ地点までもどって、また記念写真。
斎藤重一リーダーから、東岩手火山の説明、外輪山、薬師岳、妙高山など。このあたり、イワブクロは、まだ咲き初めでした。
八合目小屋での、たのしい夕食
火山砂に足を取られないように注
意しながら、宿泊予定の岩手山八合目避難小屋へ急ぎます。 九合目・不動平避難小屋(1828m)の横を通過します。道の両側は、オオバキスミレの大群落が満開でした。まだ、雪消えまもないのでしょう。ヤマオダマキの花も見られました。
十七時三十分、全員が元気に八合目避難小屋(1780m)に到着しました。ミーティング、整理体操、あすの予定伝達の後、小屋内の場所を確保してから、屋外のベンチを使ってたのしい夕食。お成り清水の豊富な湧き水で助かります。
二十時消灯。0時、戸外へ出たら、一面の星空でした。ご来光が楽しみ。
第二日目[七月十日]
御来迎は、はずかしがって お顔をみせない?
早朝の二時過ぎから、きょうの行動準備です。小屋の管理人にも激励されて、三時、星も見えない、まだ真っ暗ななかを出発しました。各班ごとの、長い長いランプの行列が続きます。三時二十分、不動平避難小屋到着、ここにザックをデポして、ご来光を拝みに、薬師岳に向かいます。なお、きょう一日のきつい登山を考慮して、十人のみなさんが、登頂を自重しました。内田眞佐博サブリーダーが責任者となり、阿部守さんが通信を担当してくれました。
四時ちかくなって、照明は不要になりました。外輪山に着き、石仏、石祠に沿いながらすすみ、薬師岳には四時十五分に到着しました。すっかり明るくなって、近くでイワヒバリが鳴きだしています。しかし、東の空は、厚い雲、雲海に閉ざされて、お日さまには会えませんでした。とても残念でした。
そこで外輪稜(御鉢)を一回りしました。コマクサ、イワブクロが目立ちます。中央火口丘の妙高山、その裾の岩手山神社を見ます。この神社は、下の柳沢登山口の岩手山神社の奥宮らしく、祭神は岩鷲山大権現だといいます。四時五十分、不動平に戻りました。六時まで、朝食とします。二日目の食事ですから、各グループのいろいろに工夫を凝らした食事風景が見られました。
西岩手山カルデラに下る
六時、いよいよ西岩手山カルデラ、お花畑へ向かいます。雨が降ってきて、雨具の上下を着ます。入り口を勘違いして、二十分ほどのロスをしました。
ウコンウツギが咲き、コケモモも可憐な花を咲かせています。雪解けまもない場所には、サンカヨウの白い花、ベニバナイチヤクソウも見られました。モミジカラマツ、ベニバナイチゴ、ツマトリソウ。
雨はすぐに止んで、雨具は不要となりました。一時間半ちかくかかって高層湿原であるお花畑(八ツ目=谷地眼湿原・1500m)の木道に、八時に着きました。標高差にして約三百五十メートルの下りでした。不動平からの急斜面の悪路に比して、木道の歩きいいこと。
いちめんのチングルマは、花が終わって実になっていました。目立つのは、ハクサンチドリ、ヨツバシオガマなどです。満開のウラジロヨウラクの花の間を抜けて、御釜湖、御苗代湖を見にいきました。成田伸世サブリーダーから説明を聞きました。
いまの東岩手山が形成される前、二十万年ほど前には、西岩手山の西南端の黒倉山と屏風岳とは外輪山で結ばれていて、御釜、御苗代などははるか水面下に没する一大天水をたたえた西岩手カルデラ湖が、この山頂にあっただろうといわれています。このカルデラ湖は、約六千年前に東に大崩壊を起こしたといわれます。 お花畑を、八時二十分、出発。
地獄谷を眼下に見る
大地獄谷を真下に見る開けた台地に立って小憩しました。ハクサンチドリなどの赤紫の花のなかに、イソツツジ、マルバシモツケの白い花も見られます。ここからは、切通しを経る網張への縦走路と、大地獄谷を下りて県民の森への道の分岐になっています。大きなダケカンバが、幾本も枯死しています。火山活動と関係があるのでしょうか。
薄日のさすよい天気になってきました。大汗をかいて、切通し(1500m)に九時十五分に着きました。ここは、笹小屋跡ともいいます。鬼ガ城からの道と合流します。道標には、網張まで「あと六・四キロ」とあり、まだだいぶあるなあとため息をつきます。黒倉山(1570m)は南側のまき道を通ります。
やがて、オオシラビソとダケカンバの林から解放されて、黒倉山・姥倉山の広く開けた鞍部の黒倉山分岐(1459m)に出て小憩です。二人ほど遅れている人が出て、救護のみなさんがご苦労しています。姥倉山(1517m)の手前で姥倉分岐です。かつて火山噴火に備えた登山禁止当時(一九九八年から)の機器、センサーなどが置かれているところで、斎藤リーダーから説明がありました。このときの火山噴火予測では、とくに、大地獄谷、黒倉山、姥倉山一帯が危ないとされました。地熱が上がったために、ハイマツなどの白骨化した姿が可愛想です。
最後の長く、つらい下り
犬倉山(1408m)へむけて、またオオシラビソの樹林帯を抜けることになります。途中の水場で小憩。冷たい新鮮な水が、生き返らせてくれます。三ツ石分岐手前で珍しく二人の女性登山者に会いました。十一時三十分、左に折れると、十一時四十五分、兎平・犬倉(1300m)リフトの終点に着きました。小憩。五班班長荻原輝男さんが、休暇村網張との連絡のために先行しました。ご苦労さまです。
あとは、網張スキー場のスロープにつけられた踏み跡をたどる網張温泉への下りです。冬のスキーだったら、「十分もあれば滑り終わるのになあ」とためいきです。
朝の三時から歩きづめのみなさんにとって、陽のあたる、傾斜の急な、暑い斜面は、最後の試練の場となりました。犬倉までのリフトは、第三リフトですから、休暇村までは一時間ちかくかかりました。見えていて、なかなか着けない、残酷な下り!
各班、ほぼ十三時には、バスに到着しました。
ありがたかった温泉、昼食!
網張温泉「休暇村岩手」の駐車場には、わが男鹿観光バスが待っていてくれました。靴を履き替え、早速お風呂です。網張温泉は、昨年の三ツ石登山以来のおなじみです。
約千三百年前、和銅年間に開湯という白濁の湯は、かつて帝釈温泉ともいわれていました。むかしから、雫石の人たちは、この網張の源泉を神聖畏怖すること甚だしく、入浴をも恐れて「網を張って」遮蔽したそうです。
私たちが入ったときは、四十三度もの熱さでした。水で温くしてもらいます。
大広間には、豪勢な昼食が準備されていました。救護グループの五人は、まだ未到着ですが、ご苦労さん会の「練習」を始めることにします。たいへんに難儀な二日間だっただけに、大きな成就感にみたされます。小林英三サブリーダーから、救護グループのみなさんの到着も知らされ、みんな拍手で大喜びです。
ここから、盛岡を通って帰る鹿角、大館のみなさんから、感想発表をしてもらいます。斎藤リーダーからも、あいさつがありました。
帰りのバスのなかでの感想発表、 とてもなごやかに!
十六時二十分、バスは帰途につきました。一人一人から、二日間の登山の感想を話してもらいます。とてもなごやかな、たのしい話に、「ああ、今回もいい登山だったなあ」との思いでした。道の駅「雫石あねこ」で小憩。田沢湖駅で、北秋田のお二人が下車。道の駅「協和」で小憩。羽後境で佐藤征子さん下車、茨島組下車、みんな拍手して別れを惜しみます。
十九時、秋田駅東口に到着。みんなで別れを惜しみます。
バスは男鹿まで帰っていきました。













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