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2008年5月28日 (水)

5月例会 焼山

Photo_7  五月二十二日、月例登山「焼山」には、四十七人のみなさんが参加しました。
台風四号が来たり、北海道をつよい低気圧が抜けたりして、天候には不安がありましたが、さいわいにこの日は、一日中よい天気になりました。
 今回は、八幡平まで、距離的にも遠いので、例により男鹿観光の貸切バスでした。秋田駅東口から五時三十分に出発しました。途中、自衛隊新国道入り口、追分、大久保、八郎潟からのなかまを拾いながら、また、道の駅かみこあに、道の駅ひないでも小憩しながら、鹿角市に向かいました。
 車中、斎藤重一リーダーのあいさつ、「山楽会資料」の解説などもありました。小林英三サブリーダーからは、一週間前に下見に入ったときの状況の説明もありました。
 鹿角市花輪から、成田伸世、田中正美のお二人が乗車しました。バスは、熊沢川に沿って遡行します。県立熊沢発電所前では、元小畑勇二郎県政の横暴ぶりが紹介されたりしました。トロコから、八幡平アスピーテラインに入りました。ブナ林の若緑に、身も心も染まってしまいそうです。
 後生掛温泉手前の駐車場には、九時二十分に到着しました。ただちに登山準備、班編成、班長会議、準備体操をすませて、九時五十分に、焼山に向けて出発しました。道ばたに、ハルリンドウの可憐な花が見られました。予定時間よりも一時間ほど遅れていました。
Photo_9  一班先頭、四班後尾です。後生掛温泉1000mの建物のなかを抜けて、澄川にかかる橋を渡り、登山道に入りました。急坂を登りきると後生掛温泉の全景が望まれます。成田伸世さんから後生掛温泉にまつわる「おなめもとめ」の伝説も聞きました。タムシバが咲き、木道のかたわらには、フキのとう、キクザキイチゲ、ショウジョウバカマ、オオカメノキ、ミヤマカタバミなどの花が咲きました。頭上は、ブナ、ミズナラのすばらしい新緑!  やがて、すっかり残雪に覆われだしました。後生掛温泉・毛せん峠中間点1130m(後生掛・毛せん峠まで、それぞれ一・七キロ)に、十時四十分着。Photo_8 十分ほどの小憩をとり、全員で写真も撮りました。このあたりは、ブナとオオシラビソの混じりあった林相で、高度が上がるにつれ、オオシラビソが増え、ダケカンバが混じってきます。
 国見台1322m 下に、十一時二十分。毛せん峠へのトレスを見失い、小林英三、成田伸世、田中正美のみなさんが探査。夏道を経て、十二時、(地図上の)毛せん峠1270m。若干のルート工作もしてもらいながら、一気に栂森南側の毛せん峠1340mに出ます。十二時三十分。女性三人に行き会いました。焼山を越えて玉川温泉に行く予定で来たそうですが、道がわからずに戻るとのことでした。
 東に、展望が開けます。八幡平、もっこ岳、険阻森、大深岳の稜線が連なります。残念ながら、岩手山は見えませんでした。晴れ、しかし、西風がつよく吹いてきます。    
 峠上は、ガンコウラン、イソツツジ、コケモモ、ミネズオウ、イワカガミ、ハイマツなどが敷きつめられています。ミネズオウが赤い蕾み、白い小さな花をつけていました。  
 避難小屋までの、雪解け直後の山道には、イワナシの可憐なピンクの花がたくさん咲いていました。道の両側には、イワハゼ(アカモノ)、イワカガミもいっぱいあって、蕾みを太らせていました。
 避難小屋「焼山山荘」には、十二時五十分に到着しました。二人ほど、救護のお世話になってすこし遅れましたが、間もなく合流しました。十四時まで、小屋の内外での昼食休憩です。三三、五五寄り集いながら楽しい食事です。
Photo_10  きょうは、雪の急斜面の状況が危険なので、鬼ガ城に登ることとし、名残り峠、焼山頂上は割愛しました。十四時から十四時二十分まで、鬼ガ城頂上で、成田伸世さんを講師に、高山植物の「学習会」でした。六月になると入れない、保護地域内での有意義なお話でした。ミネズオウのみごとな群生が目と心に焼きつきました。
Photo_11  焼山山荘前で写真。十四時二十五分、下山を開始しました。すこし、雲が多くなったかなあと見ましたが、天気の崩れる恐れはありません。地図上の毛せん峠は十五時十五分に通過、小林英三サブリーダーが、バスとの連絡のために、先行してくれました。
 後生掛温泉には、十七時、全員が元気に帰着しました。 後生掛温泉湯治場の大浴場にとっぷりとつかって、一日の疲れを癒しました。なかには、箱蒸し風呂に入っていた人もいます。入浴料一人四百円。
 十八時、バスで帰途につきました。例により、全員が、一日の感想を語りました。とてもたのしい車中でした。
 山よし、山の友だちよし、お天気もよし。

 下見とGPSの有効性 小林英三

 新緑と残雪がすばらしいこの時季の登山には、コースを探しながら登る楽しみもあります。残雪の多い国見台から毛せん峠で、下見のときは国見台の頂上よりのコースをたどり、本番では、逆に夏道の下を通ってしまいました。十メートル前後の違いだったと思います。軌道修正してくれたのは、下見でも本番でも、GPSでした。あらためて下見とGPSの有効性を知った焼山登山でした。Gps

私 の 山 行 佐 藤 征 子

   聖なる山・ブロモ山のご来光         

 二〇〇二年七月、ジャワ島(インドネシア)二週間の旅をした。
 インドネシア第二の都市スラバヤへは、ジャカルタから空路一時間余り。ジョグジャカルタの上空を少し過ぎると、富士山に似た山容のメラビ山2911mの火口から白煙を上げているのが見える。
  空港には、娘の友人ムスリミン青年とアユさん、ドライバーのヨノさんが、一年ぶりの笑顔で迎えてくれた。私たちは、かつて娘が赴任していた東ジャワ州立種畜牧場のあるガラハン村に、三日間滞在し、小・中学校や保育園を訪問したり、知人の家に泊まって村人たちと旧交を温め合った。Photo
 七月二十一日、ジュンブル、プロポリンゴを経て「聖なる山ブロモ山2382m」へ向けて出発した。登山の起点となるカディサリ村に近くなるにつれ、急斜度の段々畑が広がり、白菜や人参などを収穫している農民の姿が散見され、野菜を町へ運ぶトラックが引っ切りなしに走っている。ホテルは満室。仕方なく私たちは粗末なコテージに宿を取った。固いベッドに薄い毛布一枚、高原の夜は冷えこみがきびしく、なかなか寝つかれない。午前三時、迎えのジープに乗りこんだ。ご来光を見に行くのである。星が瞬いているが、辺りは漆黒の夜道、急カーブがつづく悪路を、ジープの運転手は慣れたハンドルさばきで登って行く。三十分後に着いた狭い駐車場は、すでに十台あまりのジープがあり、観光客相手の屋台や防寒具のレンタル店は、白人観光客でにぎわっていた。底唸りのような異様な音は、木々の葉を揺する風であった。零下三度くらいか。寒い。雪国の寒さとはまるで質が違う。悪寒を感じる。展望台では、百人近くの人々が、すっぽりと防寒具に身を包み、あるいはホテルの毛布を纏い、ブロモ山のご来光をいまかいまかと待っている。
 と、空を覆っていた黒雲に微妙な動きが現れて来た。かすかに一条の白雲が現れたかと思うと、刻々と雲の色が変化し、流れていく。空が少しづつ明るんでくる。夜と朝がせめぎ合っているようだ。雲海のように広がった乳白色の雲が曙光を浴びた瞬間、まぶしいほどの黄金色に染まった。アッ、いよいよ!と思うまもなく真っ赤な火の玉がカッと頭をもたげ、姿を現して来た。午前五時四十分。オッ~、観客のあいだにどよめきが起こる。ここぞ、とばかりにシャッターを切る人、双眼鏡を握り締める人、「オ~ワンダフル」と感嘆の声が上がる。陽が昇りはじめ時間が経過するにつれて、空が蒼くなってゆく。雲海のなかに摺鉢を伏せたようなバトッ山、クルシ山、メセル山などが浮かびあがってくる。思いがけず外国の山でご来光を拝めた幸運を感謝しながら、幻想の世界にいるような気持ちにもなる。Photo_2
 その後、私たちはカルデラまで降り、砂の海のなかをブロモ山の麓まで移動した。砂塵が舞いあがるなかでテングル人の馬子たちが白い息を吐きながら客を待っていた。「乗らないか」としつこく迫るのを断り、私たちは二百七十五段の階段を登った。火口を覗きこむと硫黄の刺激臭が吹き上がってくる。ブロモ山は火山なのである。幸いそのときは噴煙を吹き上げているだけであったが、二年後の六月八日に噴火して、観光客二人が犠牲になり、五人が負傷している。
 ガイドブックには、つぎのように書かれている。「一六世紀末にイスラム教によってジャワ島全土が席巻されたときでも、ブロモ山に住むテングル人はヒンズ信仰を守り抜いている。たしかに険しい山岳地帯に住む彼らには、イスラム勢力がそれほどつよく入って来られなかったかも知れないが、ブロモが火の神の住む聖なる山ゆえに、彼らは信仰を守りつづけてきたのではないか。実際、早朝ブロモに登りご来光を拝むとき、この山がなぜ人々の心を離さないか知ることができるのだ」
 残されたアルバムで、娘が、私より数年前やはりご来光を拝みにブロモ山に登っていることを知った。友人と肩を組み朝焼けの山々をバックに、屈託のない笑顔で写っていた。ムスリミンが、旅のコースが遠回りになるのを厭わず案内してくれたのも、私が「ブロモ」に魅きつけられるのも、そこにあるかもしれない。
 その後、車で、高原都市マラン、古都ジョクジャカルタ、遺跡の町ディエン、バンドン、ボゴールなどを経て、七月二十八日、首都ジャカルタに到着した。ジャワ島の東から西へ約二千キロ近い距離を走破したことになる。車で、北海道から九州まで走破することさえなかなかできないのに、道路事情も車の性能も格段に劣る彼の地で、よくマア決行したものである。いま思うと体力、気力ともに充溢し、この国の多様さを肌で感じながら、多くのインドネシア人と交流をふかめた意義ぶかい旅であった。Photo_3

私の山行 佐 藤 修 三

 42㎞の「足試し」

Photo_4   登山とはほど遠い感がありますが「外秩父七峰縦走ハイキング大会」(埼玉県)に参加してきました。二十三回目の伝統ある大会で、毎回五千人を超すハイカーの「足試し」として人気があり、春の風物詩にもなっています。ごくありふれた八百メートル程度の七つの山を馬蹄形に踏破する、全長四二㎞のコースです。
 朝六時、出発点では受付を待つハイカーでごった返ししていました。二十代から四十代の若い人が多く見られます。私たちも参加カードを受け取り、大勢に混じって歩き始めました。
 新緑の目映い雑木林のなかの山道は、時折林道と交錯したり、桃や梨の花咲くのどかな山里を横切ったりします。一本道では渋滞するほどの行列ができます。午後六時三十分の制限時間を気にしながら、ゆっくり景色を眺める余裕もなく黙々と歩きつづけます。
 このコースの最高点は「剣ケ峰878m」で、出発地点から一九㎞の距離にあります。この辺からリタイヤする人も増えてきます。エスケープルートは七カ所、二年連続での完歩を認めるルールがあるので、脱落しても来年残りに挑戦できます。一日で完歩できる人は全体の三割程度ともいわれています。
Photo_5  中間点を過ぎると見晴らしのいい尾根道に出ます。山桜や躑躅、足元にはスミレやイチリンソウ、珍しいミミガタテンナンショウも咲いていました。標高差七百メートルの長い登り、ガレ場あり、鎖場の急坂ありで、山登りの気分も少しは味わうことができました。
 最後の登谷山に着いた時は、疲労も極度に達していました。残りの一〇㎞は舗装道路で、疲れた足に受ける衝撃は相当なものです。
Photo_6  十七時二十分、十一時間でゴールしました。歩数約六万六千歩です。ゴール地点には、大勢の人が、疲れ切って座りこんでいました。しかし、みな、喜色横溢といった表情です。私たちも完歩賞と「七峰縦走」と刺繍されたキャップを受け取り、しばしの達成感に浸りました。少しだけ自分の脚力に自信をつけた大会でした。
   (〇八・四・二〇)

                          

登山に役立つ話 36

   山の樹木を知ろう!(1)

 関東、関西の都会から秋田の山を訪れた登山者たちは、秋田の山の緑のふかさに驚きの声をあげます。ほんとうに、いまの季節、若葉、青葉に包まれた原生的な山は美しいものです。
 でも、秋田の山の木々が、拡大造林計画やスキー場などの観光開発、林道、ダム建設によって荒廃、減少した過去のあることも忘れてはなりません。そして、酸性雨に代表される公害や異常な温暖化、林業の衰退と人工林の放置などについても、重大な関心を持たなければなりません。
  登山を愛する私たちは、山を覆う森林をも愛します。ふかく、ふかく山を愛し、森林を愛するために、愛する相手をしっかりと知らなければなりません。
 私たちは、目に映る一本一本の樹木の名前を、どれだけ知っているでしょうか。その樹容、樹皮、枝ぶり、葉、花、実などを見て、木々の和名をどれだけいい当てられるでしょうか。
 山登りを五年、十年とつづけてきた人たちは、いつのまにか高山植物の権威になって、おおよその花の名前を知っています。ところが、樹木のことについては、あまり関心、知識を持たない人が多いようです。もし、山で目にする木々を、しっかりといい当てられたら、きっと、山に登る楽しみが倍加するはずです。
 私たちに親しい日本海側の積雪地帯の山地のブナ帯には、ブナのほかに多彩な樹木が生育しています。ブナと同じ高木では、ミズナラ、イタヤカエデ、ミズキ、マルバカエデ、オオヤマザクラ、トチ、シナノキ、サワグルミ、ヤマハンノキ、カツラ、コシアブラなどがあります。
 中・低木では、ホオノキ、ハクウンボク、オオカメノキ、ウワミズザクラ、マルバマンサク、オオバクロモジ、タムシバ、ハウチワカエデ、ムラサキヤシオ、ユキツバキ、エゾユズリハ、アオキ、イヌツゲ、タニウツギなどがみられます。
 もしも、花の季節以外のときに、上にあげた樹木の和名が出てこないようだったら、一度徹底的に学習してみたらいかがでしょう。
 学習のしかたとしては、ご自分の家の庭の樹木を、全部知ること。つぎに、近所の公園などの樹木を全部調べること。できれば、科、属、種を覚えましょう。千秋公園だけでも、三十種くらいの樹木は学習できますよ。
 以上の学習が終わったら、仁別の「植物園」、国民の森などへ足を延ばしましょう。好奇心にあふれながら、これを実行するとき、きっと、身も心も、二十歳は若返り必至ですよ。

2008年5月 2日 (金)

乳頭山

Photo  悪天候を避けて日程を変更

  はじめ、四月二十四日に、乳頭山登山を計画し、四十人を超す参加者を予定していましたが、この日は悪天候が予想されたので、二日ほど延期して、四月二十六日に、乳頭山登山をおこないました。
 急な日延べのために、参加を断念した方が五人ほどいました。たいへんに残念でした。しかし、二十六日は、おかげさまで、すばらしい春日和となり、三十四人のみなさんが参加をしました。
 車九台で、それぞれ秋田を出発する六時ごろには、青空がどんどん広がってきました。七時五十分、アルパこまくさに集合、さらに乳頭温泉郷の黒湯駐車場に向かいました。
 出発準備、班編成、荻原輝男さんの号令で準備体操ののち、八時二十分、孫六温泉登山口 820m をめざして、一班を先頭にして出発しました。晴れ、日陰に霜が降りています。

 春浅い山道に マルバマンサクの花

  八時三十分、孫六温泉上部にて全員による記念写真。いよいよ急坂です。ショウジョウバカマの可憐な紅が私たちを迎えます。ブナはいっせいに芽吹きです。マルバマンサクも花盛りでした。
Photo_2  △940mのコブから鞍部までおりて、九時十分に第一回目の小憩、そろそろ汗ばんできたので、上衣を脱ぎます。ここから先は、完全に雪上歩行になりました。この辺のブナの純林は、まだ芽吹いていません。昨秋の殻斗が、雪上にいっぱい散らばっています。
 九時五十分、△1010mの最初のオオシラビソが出現した地点で二回目の小憩です。晴れ、オオシラビソの影が、雪面にくっきりと映ります。田代岱下部 1250m に十時二十分、Photo_3 南に秋田駒ガ岳が、大きな山容を見せているので、斎藤重一会長から、女目岳 1637m 、湯森山 1471m 、笹森山 1414m 、笊森山 1541m 、乳頭山などの展望についての説明がありました。
  田代岱山荘 1270m には、十時三十五分に到着しました。予定よりも三十分も早く着きましたので、先に頂上に登ってから、昼食休憩にすることにしました。小屋にザックなどをデポして、十一時、軽装で頂上へ出発しました。晴れ。今度は三班が先頭です。

   快晴!春霞のなかに岩手山を望む

 十一時二十五分、一本松沢(黒湯)分岐。晴れ、ときどき風。頂上直下までは、すべて雪上歩行ですから、とても楽です。 
 十一時四十分、乳頭山頂上到着。さっきまでの風も静まり、快適な頂上です。会長から、笊森、三角山 1418m 、岩手山 2038m 、姥倉山 1517m、犬倉山 1408m 、三ツ石山 1466m 、源太ガ岳 1545m 、大深岳 1541m などの展望についての説明がありました。また、五月の月例山行に予定している八幡平・焼山も、北に真っ白に見えていました。登頂の記念撮影後、十二時に、田代岱山荘に向けて下山を開始。Photo_4 途中、オオシラビソに付けられた115、117、118の冬山標識を見て、数年前の「乳頭遭難」を偲びました。十二時二十五分、山荘着。ここで待機していた安藤真一さん、香代子さんご夫妻とも再合流しました。十三時三十分まで、たのしい昼食休憩です。

  雪を踏んで快適に下山
  
 写真撮影後、十三時二十五分、下山開始しました。雪上の降りは楽で効率がよいものです。△940m に十四時五分着。小憩です。みんな元気です。
 孫六温泉登山口には、十四時三十五分に帰着しました。雪の山から降りてくると、温泉の庭先に咲くスイセンの花やフキのとうが目にまぶしく思われました。
 黒湯駐車場から休暇村「田沢湖高原」に向かい、一日の汗を流しました。
 最後のミーティングでは、斎藤会長から「よいお天気で、よい登山ができてよかった」とのあいさつがあり、小林英三副会長から、今後の活動についてのお話がありました。
 当面するメーデー、憲法集会への参加の要請もありました。

登山に役立つ話35 (「登山講座改題)

 「山菜」採りの楽しみ その2 

 前号で、「山菜採りには、厳格なマナーがあり、まもるべきルールがある」と書きました。何人かの人から、「そのルールやマナーを、もっと具体的に書け」と注文されました。

 ① 自分が利用する分だけ採る。強欲な人は、生えているすべてをむさぼり採ります。そういう「大量虐殺」はだめ。せっかく所を得て生えているのに、根絶やしにされてはたいへん。早すぎたり遅すぎたりするものもいけません。来年のため、後からくる人のために配慮しましょう。

  ② 国立公園、国定公園、自然保護地域での、動植鉱物の採取は、法律により厳禁です。また、所有者のない土地はありません。土地所有者の「立ち入り禁止」、「採取禁止」などの指示には、しっかりと従わなければいけません。

 ③ 山菜によっては、危険な場所に生えているものも少なくありません。つねに、最悪の事故を想定して、決してそのような目に会わないように細心の注意をしましょう。独り占めしたいからと、単独行ででかけて、沢へ転落などしたら、山菜と心中することになりますね。暖かい日には、毒蛇や蜂も出現します。

 ④ 完全に熟知している山菜だけ採りましょう。名前のはっきりしないものを、「おいしそうだ」などといって採らないように。見ようによっては、トリカブトもハシリドコロもおいしそうに見えます。あやふやなものは、絶対に採らない、すこしずつレパートリーを増やしましょう。 

 以上、思いつくままに、「山菜」、「野草」採取のマナーを書きました。
 たのしい山菜採りも、マナー、ルールをわきまえてこそ、ほんとうの楽しみになります。秋田の山の五月は、山菜の山です。たのしい山登りをしましょう!

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