雪の、森吉山に登る!
二〇〇九年初めての月例山行は、「樹氷」の森吉山でした。
二月二十五日(水)、七時四十五分に、五城目道の駅に、参加者三十二人が、元気いっぱいに集合しました。
八時、阿仁スキー場に向けて、九台の車で出発します。阿仁の山々は、上部が雲に包まれていて、天気は、かならずしも楽観を許しません。
わずか往復百円の ゴンドラ料金!
八時四十分、阿仁スキー場着。ただちに、登山準備をします。瀬下翁悦さんのおかげで、阿仁スキー場のゴンドラ往復わずか百円とのこと。
九時四十分、ゴンドラ山頂駅着(1167m)。降雪。斎藤重一会長のあいさつ。体操。
十時十分、雪を衝いて出発しました。第二ロマンスリフト上部駅そばで、全員の記念撮影をする。ガスと降雪で、ちゃんと写るのかなあ。
樹氷は落ちて、 新規に製作中
右側の雪屁に注意しながら、十時四十分、石森(1308m)に着きました。降雪。風はたいしたことはありません。雪の状況から判断して、「阿仁避難小屋」までいくよりも、前岳の「森吉山避難小屋」にいくほうがよいとの判断で、スキー隊がルートをつけることとしました。
ことしは、 前岳の避難小屋へ
十一時、前岳の森吉山避難小屋(1290m)到着、すぐに、全班も到着、十一時半までに、小屋の二階から順次中に入って、ホッとしました。この前岳には、森吉神社もあり、ご神体の冠岩もあり、菅江真澄の歌碑もあるのですが、積雪、降雪のために見ることはできません。
十二時三十分まで、昼食休憩。一階の広間に、それぞれ陣取って、たのしい昼食をとりました。
十二時十五分、戸外に出て、下山の準備。写真撮影。降雪にまみれて、十二時五十分、ゴンドラ山頂駅に着きました。
上は雪、下は雨
十三時十分、全員が、ゴンドラ下部駅に着きました。こちらは、雨です。
ただちに、阿仁前田の「クウインス森吉」に向かい、一日の汗を流しました。十五時過ぎ、高田博幹事長、斎藤重一会長のあいさつののち、この日の全日程を終えました。
[補筆]
阿仁スキー場の今後は?
私たちが、まい年利用してきた森吉山阿仁スキー場のゴンドラは、いま存亡の危機に瀕しています。
秋田県総合発展計画の森吉山大型スキー場構想にもとづいて、一九八二年、秋田県、森吉町、阿仁町は、西武系「国土計画」にたいして、「進出要望書」を提出しました。翌八三年、「国土計画」は、この進出要請を正式に受諾して、国土計画堤義明社長も現地を訪れ、佐々木喜久治知事にスキー場までの道路整備などを求めました。当時、地元は、「過疎脱却をもたらす救世主」と大歓迎したといいます。
森吉スキー場と阿仁スキー場を、山頂部連瀬スキー場で連結・開発するという「資本」の横暴にたいして、「森吉山山頂部をスキー場開発から守る会」(会長藤本英夫さん、事務局長宮野貞寿さん)が結成されました。これは、県内はもとより、全国的な支援のもとに活動をして、県立公園森吉山の自然をまもる活発な活動をつづけました。
若者のスキー離れ、スキーの衰退とともに、営利会社「国土開発」は、森吉山からの撤退を決定しました。「救世主」とたたえられた「国土計画」は、山を壊したまま、消滅したのです。とても身勝手な、無責任なことです。
これらのスキー場は、秋田内陸縦貫鉄道の存続ともふかくかかわりますから、旧阿仁町をかかえる北秋田市としても、きわめて深刻な課題となっています。
私たち山楽会は、まい年の「樹氷登山」を続けるのか、ことしで終わりにするのかの瀬戸ぎわに立たされてもいます。ぜひとも、阿仁スキー場を維持してほしいものですね。
























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