2009年3月 5日 (木)

雪の、森吉山に登る!

Photo  二〇〇九年初めての月例山行は、「樹氷」の森吉山でした。
 二月二十五日(水)、七時四十五分に、五城目道の駅に、参加者三十二人が、元気いっぱいに集合しました。
 八時、阿仁スキー場に向けて、九台の車で出発します。阿仁の山々は、上部が雲に包まれていて、天気は、かならずしも楽観を許しません。

  わずか往復百円の ゴンドラ料金!

 八時四十分、阿仁スキー場着。ただちに、登山準備をします。瀬下翁悦さんのおかげで、阿仁スキー場のゴンドラ往復わずか百円とのこと。
Photo_3  九時四十分、ゴンドラ山頂駅着(1167m)。降雪。斎藤重一会長のあいさつ。体操。
 十時十分、雪を衝いて出発しました。第二ロマンスリフト上部駅そばで、全員の記念撮影をする。ガスと降雪で、ちゃんと写るのかなあ。

  樹氷は落ちて、 新規に製作中

 右側の雪屁に注意しながら、十時四十分、石森(1308m)に着きました。降雪。風はたいしたことはありません。雪の状況から判断して、「阿仁避難小屋」までいくよりも、前岳の「森吉山避難小屋」にいくほうがよいとの判断で、スキー隊がルートをつけることとしました。

 ことしは、 前岳の避難小屋へ

Photo_2  十一時、前岳の森吉山避難小屋(1290m)到着、すぐに、全班も到着、十一時半までに、小屋の二階から順次中に入って、ホッとしました。この前岳には、森吉神社もあり、ご神体の冠岩もあり、菅江真澄の歌碑もあるのですが、積雪、降雪のために見ることはできません。
 十二時三十分まで、昼食休憩。一階の広間に、それぞれ陣取って、たのしい昼食をとりました。
 十二時十五分、戸外に出て、下山の準備。写真撮影。降雪にまみれて、十二時五十分、ゴンドラ山頂駅に着きました。

  上は雪、下は雨

 十三時十分、全員が、ゴンドラ下部駅に着きました。こちらは、雨です。
 ただちに、阿仁前田の「クウインス森吉」に向かい、一日の汗を流しました。十五時過ぎ、高田博幹事長、斎藤重一会長のあいさつののち、この日の全日程を終えました。

 

  [補筆]

  阿仁スキー場の今後は?

Photo_4  私たちが、まい年利用してきた森吉山阿仁スキー場のゴンドラは、いま存亡の危機に瀕しています。
 秋田県総合発展計画の森吉山大型スキー場構想にもとづいて、一九八二年、秋田県、森吉町、阿仁町は、西武系「国土計画」にたいして、「進出要望書」を提出しました。翌八三年、「国土計画」は、この進出要請を正式に受諾して、国土計画堤義明社長も現地を訪れ、佐々木喜久治知事にスキー場までの道路整備などを求めました。当時、地元は、「過疎脱却をもたらす救世主」と大歓迎したといいます。
 森吉スキー場と阿仁スキー場を、山頂部連瀬スキー場で連結・開発するという「資本」の横暴にたいして、「森吉山山頂部をスキー場開発から守る会」(会長藤本英夫さん、事務局長宮野貞寿さん)が結成されました。これは、県内はもとより、全国的な支援のもとに活動をして、県立公園森吉山の自然をまもる活発な活動をつづけました。
 若者のスキー離れ、スキーの衰退とともに、営利会社「国土開発」は、森吉山からの撤退を決定しました。「救世主」とたたえられた「国土計画」は、山を壊したまま、消滅したのです。とても身勝手な、無責任なことです。
 これらのスキー場は、秋田内陸縦貫鉄道の存続ともふかくかかわりますから、旧阿仁町をかかえる北秋田市としても、きわめて深刻な課題となっています。
 私たち山楽会は、まい年の「樹氷登山」を続けるのか、ことしで終わりにするのかの瀬戸ぎわに立たされてもいます。ぜひとも、阿仁スキー場を維持してほしいものですね。

2009年3月 4日 (水)

登山に役立つ話(45)「自然保護問題と私たちの登山②」

 痛めつけられた山の自然

  自然をまもるためには、これまで、日本の山が、どんな壊されかたをしたのか、「自然破壊史」の復習がたいせつです。
 近代化とともに、自然は大きく変えられました。とくに、戦後の復興と高度成長による自然破壊は大規模でした。都市の拡大、道路、新幹線、空港などの建設、河川改修、堤防・ダム建設、海岸埋立て、干拓などがあげられます。
 山の自然も破壊されました。電源開発の名のもと、山奥に無数のダムと人造湖が出現しました。原生林を皆伐し、スギ、ヒノキを植林する「拡大造林政策」では、とくに、ブナ広葉樹林を壊滅しました。全国的に山岳観光有料道路がつくられて、山岳景観の核心を切りきざみました。さらに、大規模峰越林道(スーパー林道=全国23路線)の建設もありました。これに便乗して、スキー場、ゴルフ場の建設も、奥地化しました。リゾート法(1987年)施行にともない、ヒューマン・グリーン・プランなどの「国有林貸付け政策」まで登場しました。
 秋田県でも、各地での山岳観光道路、林道建設、さらに、一九七〇年代の鳥海山ゴンドラ建設計画、八〇年代の青秋林道建設計画など持ち上がり、行政と市民とのはげしい対立がおこりました。スキー場もいたるところに作られました。しかし、大湯、水晶山、森吉、乳頭、田沢高原、千畑などのスキー場が閉鎖し、自然破壊の跡だけが残っています。地域振興の美名に踊らされた結果です。

  山岳過剰利用
(オーバーユース)問題

 50年代には、日本マナスル隊の初登頂で登山ブームが起きました。
 山には、ゴミの散乱、踏みつけにともなう植生破壊の裸地化、野生動物への悪影響、登山道・山小屋の荒廃、水質汚染などが大問題となりました。
 いま、「百名山」ブーム、「ツアー登山」流行、高齢者の登山ブームなどで山はにぎわっています。山の過剰利用ということでは、50年代のブームといっしょです。それだけに、私たちの、山岳利用と自然保護のバランスをどうとるのかが、たいへんに重要な問題となります。
 山楽会の月例登山のように、ほぼ四十人もの大人数の登山隊を編成するときには、自然との折り合いを、どうつけるかがとてもだいじになります。次回は、このことについての具体的な提案をします。

2008年12月30日 (火)

2008年はばき抜き

たのしかった山々 
 力合わせて登った山々

Photo_2      「二〇〇八年はばき脱ぎ」は、十二月十日(水)、秋田市・大町ビルで開かれ、四十三人の山楽会員が出席しました。
 十五時、定刻どおり、司会を荻原輝男幹事がつとめて、開会しました。
Photo_5  斎藤重一会長が、開会のあいさつで、「きょうも、よい山楽会日和となりました。みなさんとごいっしょに、ことし一年、たくさんのいい山を、楽しく登ることができました。来年も、いいなかまが力を合わせて、いい登山をしましょう!」とのべました。
Photo_7  ついで、小林英三副会長が編集したDVD「山楽会の一年」を見ました。ことし登った山々、木々、花々、なかまたちの笑顔が再現され、とてもなつかしい気持ちでいっぱいになりました。
 内田眞佐博副会長の発声で、元気いっぱいの「乾杯!」。高田博幹事長から、「はばき脱ぎ」に寄せられた、みなさんからのたくさんの贈り物が紹介されました。三浦強さん、上杉キヨさん、加賀谷幸男さん、佐藤征子さん、高田栄子さん、松岡章五さん、湖東支部(土橋・一関・瀬下・斎藤のみなさん)、今清三郎さん、伊藤美知子さん、ほんとうにありがとうございます。
Photo_4  遠く、鹿角市からご参加の田中正美さん、成田伸世さんが紹介され、お二人ともごあいさつとともに、「この空でつながっている」、「城ヶ島の雨」を歌われました。
Photo  年間山行回数八回以上のみなさんには、斎藤会長の手から豪華賞品が進呈されました。とくに、すべての山行に皆勤の石井ユリ子さん、小林英三さん、小林春代さん、佐藤征子さんには、参加のみなさんから大きな拍手がおくられました。
 舞台には、みなさんが、つぎつぎに上がり、歌、合唱など、たいへんにぎやかに盛りあがりました。会場いっぱいに、笑顔が広がっています。

■  山楽会2008年山行で、「よかったなあ」と思った山(3山選択)

 ① 岩手山(7月)   42   
 ② 女神山(10月)  24   
 ③ 焼山(5月)     18
 ④ 八幡平(8月)   15   
 ⑤ 乳頭山(4月)   12   
 ⑥ 神室山(6月)   10
 ⑦ 秋田駒(6月)    8   
 ⑧ 毛無山(3月)    5   
 ⑧ 太平山(10月)   5
 ⑩ 小影山(11月)   4   
 ⑪ 森吉山(2月)    1      

■  2009年の月例山行で登りたい秋田県内と隣県の山(3山選択)

 ① 岩木山              21 
 ② 早池峰山          18 
 ③ 月山                13
 ④ 和賀岳             16 
 ⑤ 八甲田山          15
 ⑥ 鳥海山              9 
 ⑦ 皮投岳・五ノ宮岳 8
 ⑦ 高松岳・山伏岳   8 
 ⑨ 薬師岳              6 
  ⑨ 白神岳              6 
 ⑨ 焼石岳              6
 ⑫ 神室山              5 
 ⑫ 栗駒山              5 
 ⑮ 秋田駒              4
  ⑮ 大白森              4
 ⑯ 八幡平              3 
 ⑯ 十和利山           3 
 ⑯ 畚岳・大深岳      3
  ⑯ 男鹿三山           3 
 ⑯ 虎毛山              3 
 ⑯ 八塩山              3 
 ⑯ 丁岳                 3 

■  遠征登山で登りたい山は?(1山を選択)   
   
  ① 利尻岳              9 
 ② 谷川岳              7
  ③ 立山                 6 
 ④ 鳳凰三山           5 
 ④ 佐渡                 5
  ④ 日光白根山        5 
 ⑦ 大雪山              4 
 ⑧ 富士山              3 
 ⑧ 北岳                 3 
 ⑧ 槍ガ岳              3
  ⑧ 燕岳                 3 
 ⑧ 乗鞍岳              3 
 ⑬ 白山                 2 
 ⑬ 燧ガ岳・至仏山   2 
 ⑬ 飯豊山              2
  ⑬ 大朝日岳           2 
 ⑬ トムラウシ          2 
 ⑬ 雌阿寒岳           2 

 ⑲(1人だけ希望の山)   

     蝶ガ岳、木曽駒、
  吾妻山、黒姫山、
  会津駒、奥穂高岳、
  苗場山、大山

■  山楽会で実施してほしい活動は?

 会員の作品による「山岳 写真・絵画展」の開催
          24人
「山岳講演会(外部講師)」 の開催               22人
「登山技術・山岳知識講習 会」の開催           13人
  救急法講習会の開催                                 12人
(ほかに、入門講座の充実 1人、 読図法講座 1人、
  きりたんぽ会 1人など)

2008年12月29日 (月)

登山に役立つ話(43)「鳥海山のこと、さらに追加」

 鳥海山中の県境の不当さ

 旧藩時から国境は、山の稜線、川などに引かれてきました。分水嶺ということばがあるように、稜線のこちらが「おらの国」で、あちらが「よその国」でした。ところが、鳥海山では、これが通用しません。鳥海山の頂上周辺主要部はすべて山形県です。新山、七高山、荒神岳、扇子森も、みんな山形県!仁賀保の人たちが平家山、平家森と親しんできた稲倉岳頂上まで山形県になっています。
 どうして、こんな情けないことになったのか。怒りをこめて書きます。

 鳥海山には、[秋田]矢島、院内、小滝、滝沢、[山形]吹浦、蕨岡、杉沢などの修験道がありました。ふもとは、分かれていても、鳥海山頂には、大物忌神・薬師如来が、神仏習合で祀られました。
 ふもとの修験たちは、たがいに、「おれたちが正当だ」と争います。鳥海山麓の修験道が、真言・天台、当山派・本山派、逆峰・順峰に入り交じっていたことも争いの原因にもなりました。はじめ、明暦年間(1655年)に、吹浦と蕨岡の修験道が争いました。出羽一の宮の吹浦・大物忌神社の奥宮争いです。
 
 その四十余年後(1703年・元禄16)、矢島修験が、蕨岡修験を相手どって訴訟を起こしました。鳥海山頂の境界決定、頂上奥宮交替改築(二十年ごと)などにつき、江戸の寺社奉行は、徹底的に蕨岡寄りの判決を下しました。
 これは、係争内容の吟味よりも、両修験の後ろ盾の差が、不当な結果を招いたといいます。矢島は、わずか一万石の外様生駒、蕨岡は、譜代四天王といわれた庄内十四万石酒井。勝ち目のない訴訟をした矢島では、訴訟責任者の自害など、悲惨なことが相次ぎました。

 なによりも悲惨なのは、このときの鳥海山大物忌神宮神域の線引きが、維新後の秋田・山形両県の県境となったことです。戊辰戦争では、秋田・佐竹藩、矢島・生駒藩は官軍、庄内・酒井藩は賊軍だったのだから、せめて、県境決定のときに、県境が新山、七高山を通るようにすべきでした。
 どうして、秋田県人は、いつも人がいいのでしょうか?
 

2008年11月16日 (日)

11月月例登山「小影山」

Photo_13  思いがけない
  秋日和に恵まれる

 ことし最後の月例山行は、十一月五日、仙北市(旧田沢湖町)の小影山(557・9m)登山でした。小影山は、〇六年十一月一日以来、二度目の登山です。
 冬型の気圧配置で、北海道から青森まで初雪の便りがあり、降水確率の高い天気予報で、雨を覚悟した一日でした。ところが、なんと上空には雲ひとつない快晴となり、まさに「山楽会日和」となりました。
 八時三十分、全参加者四十二人が、抱返駐車場に集合しました。ちょうど「抱返紅葉まつり」期間中で、駐車料三百円は予定外の出費でした。
Photo_14  高田博さんの号令で、入念に準備体操をし、九時、四つの班編成で出発。抱返神社前で記念写真を撮影。いよいよ、山に入ります。

 白岩も、小影も、
   紅葉いっぱい!

 林道から右に登山道をとると、たちまちスギ林の急勾配の登りです。やがて、そのスギ林をぬけ、神代発電所、夏瀬発電所をむすぶ高圧電線を維持するために木の伐採された広い斜面にでると、日の光を全身に浴びます。一本目の鉄塔下で上着を脱ぎました。二年前の小影山登山のときに伐採されていたスギの木が、なかば朽ちかけたまま放置されていました。
Photo_15  九時四十五分、二本目の鉄塔に到着。雪を抱いた鳥海山も、うっすらと姿を見せています。抱返り渓谷の対岸の白岩岳(1177m)の北西斜面も、赤、黄のみごとな紅葉、黄葉が、太陽光に照らされています。すばらしい景色です。
 小憩後、ブナ、コナラの黄葉する林のなかを登ります。カエデ類も、きれいに色づいています。木漏れ日のなかのコシアブラの薄く透きとおったような淡い黄色にも心を洗われます。
 写真を撮りながら、落ち葉に埋もれたジグザグ道を登ると、やがて、十時三十分、上部の鉄塔下の台地に、ひとりの遅れる人もなく到着しました。
  直径五十センチもあろうかと見えるミズナラの大木が「危険木」の標識をつけられたまま、無残に切り倒されていました。

  日本第二のブナに
    再会する

 小憩して、巨樹ブナをめざします。広い道をすこしすすむと、やがて、右に細い踏み跡があり、すぐに、やぶなかの頂上の三角点に着きました。
 この周辺には、ブナ、ミズナラ、トチ、クリなどの大木がつぎつぎにあらわれ、そのみごとさに、原生林のなかに歓声がわきあがります。ともすれば見失いがちな密ヤブの踏み跡をたどって、十時五十五分に、巨樹ブナに、到着しました。
 塩野米松文・千葉克介写真・佐藤隆案内『千年ブナの記憶』(七賢出版)という本のなかで、小影山の木々が紹介されています。その主役は、小影山のブナ巨樹です。日本一の座は白岩岳中腹のブナに奪われましたが、胸高直径九メートル余の日本第二のブナは、堂々と枝を広げて、風格を保っています。
Photo_16  前で、全員で記念写真を撮りました。さらに、巨大ミズナラの前でも、班ごとの写真も撮りました。
  十一時二十分、鉄塔の台地にもどり、すこし早い昼食です。私たちの昼食をねらう、数十羽のカラスの無粋な鳴き声が、せっかくの興趣をこわします。すこし怪しげな黒い雲の出現で、十二時十分、早めの下山となりました。
 その心配された雲も、やがて視界から消え、談笑しながらの快適な下山になりました。十三時十五分、全員、元気よく駐車場に帰着しました。

  抱返り渓谷も歩く
 さらに、抱返り渓谷一の見どころという「回顧の滝」に行きました。歩道の手すりも新しくなり、途中には吊り橋「誓願橋」(昨年九月完成)が新たに付けられていて、絶壁の下の清流が足下に眺められます。天気の不安から、みな早足の見学でした。
Photo_17  十四時ごろ、ついにパラパラと雨が降りだしました。
 十四時二十分、駐車場にもどると、恒例の「土橋農場」のイモノコ販売があり、またたくまに完売しました。

  わらび座
  「温泉ゆぽぽ」で

 予定よりも早い日程で、「温泉ゆぽぽ」では、ゆっくりと時間を取って、温泉につかりながら一日の疲れを癒しました。
 佐藤修三リーダーから、「突然にリーダーをやってくれといわれてとまどいましたが、お天気に恵まれ、みなさんのご協力でたのしい山行になりました」とのあいさつがあり、来年の山行での再会を約して解散をしました。
 秋田市にもどり、十七時ごろには、はげしい雷雨とともに、道路が真っ白になるほどの大粒な降雹に見舞われました。山だけでなく、いよいよ、平地も冬に入ったことを実感させる一日でした。

登山に役立つ話(42)「鳥海山のこと、その3」

   鳥海山の植物について

  *「基準標本」のこと

 ある植物の命名の基準になった標本のことを「基準標本」といい、これはすべての高等植物が持ちます。植物の『同定』とは、この「基準標本」との異同を決定することです。日本の植物の「基準標本」の約半分は欧米にありますから、日本の植物学者たちは、努力して「参考標本」もこしらえました。知らない植物の名をたしかめるときは、植物図鑑、「参考標本」に当たればいいわけです。

 *鳥海山の
   「基準標本」たち

 高山植物には、分布上では「日本固有」が多くなります。鳥海山を「基準標本」とする高山植物を調べてみました。
  ミヤマウスユキソウ(キク科ウスユキソウ属)、ウゴアザミ(キク科アザミ属)、チョウカイアザミ(キク科アザミ属)、オクキタアザミ(キク科トウヒレン属)、ヒナザクラ(サクラソウ科サクラソウ属)、ハクサンフウロ(フウロソウ科フウロソウ属)、タカネザクラ=ミネザクラ(バラ科サクラ属)、チョウカイフスマ)ナデシコ科ノミノツヅリ属)、タカネスズメノヒエ(イグサ科スズメノヤリ属)、オオヒカゲガリヤス(イネ科ノガリヤス属)などが上げられています。
 県版「レッドデータブック」によれば、これらの多くが「絶滅危惧種」、「準絶滅危惧種」にいれられ、それらの生存への脅威として、分布局限、踏みつけ、道路工事、火山噴火、園芸採取などをあげています。今後は、地球温暖化、他域植物の侵入なども考えなくてはなりません。

 *鳥海山のヒナザクラは、
 「日本植物学
    独立宣言」の金字塔

 初代日本(東京)植物学会会長谷田部良吉(1851~1899)は、一八九〇年(明二三)、英文論文を発表して、「日本人自らが植物の新種に学名をつける」と宣言し、鳥海山のヒナザクラを発表しました。
 これは、鳥海山にとっても、ヒナザクラにとってもたいへん名誉なことでした。わずか百二十年ほど前の日本の植物学の様子が知られ、感慨無量なものがありますね。

2008年10月28日 (火)

10月月例登山「女神山」

Photo_8  濃霧→快晴!  
 十月の月例登山は、十月二十二日、奥羽山脈真昼岳の南に位置する女神山(955・8m)でした。
 一週間前に下見に入ったときには、岩手・宮城内陸地震や豪雨の被害があり、下前川沿いの林道三カ所が土砂崩れのために不通でした。ようやく、十月二十日から開通するというきわどさでした。
 林道が狭くて、大きなバスは入れないため、参加者三十八人が二台のマイクロバスに分乗しました。バスは、秋田駅東口を六時三十分に出発しました。秋田中央ICから秋田道に乗ります。濃い霧に包まれながら走り、山内PAでバスが待ちあわせます。
 秋田道を、七時五十分、湯田ICで降りて、旧沢内村を走る県道1号線を北上し、下前・白糸ノ滝の道路標識から左折して花巻大曲線に入ります。五キロほど進んで、下前川に平行する相沢林道をたどります。なかなかな難所でしたが、巧みな運転手さんのハンドルさばきで、八時十五分、登山口(540m)に到着しました。よく晴れ上がりました。まさに「山楽会日和」です。

Photo_9   元気いっぱいで、
      出発する
登山準備、準備体操、班編成、出発前の記念写真。斎藤重一リーダーから、ブナとミズナラの葉脈と葉形の違いについての講義。
 八時五十五分、一班を先頭にして、出発。九時五分、尾根コース分岐から、急坂にとりつきました。姫滝の岩場を右前方に望むあたり、九時二十分から、小憩をとりました。晴れ、無風。
 九時四十五分、尾根に出て、小憩。すばらしい黄葉のブナ林がつづきます。斎藤リーダーの第二の講義、黄葉、紅葉、緑葉をつくる「黄の色素(カロチノイド)」、「赤の色素(アントシアニン)」、「緑の色素(クロロフィル)」などについて。
 ゆるやかな尾根道を、ブナの黄葉に身を染めて、ゆっくりと登ります。小さな木片に、「つつじ咲くつつじ満開できれいだな 下前分校」とあって、幼い子どもの句に微笑みました。
 十時三十分、県境コース分岐(847m)に着きました。晴れ。藤田百合子さんが、ブナの枯れ枝をたくさん集めて背負っています。「アートの材料です」とのこと。「芝刈り婆さんだ」とひやかす人もいます。女神山頂上まで、あと百メートルの登りです。

 計画書どおりの
    時刻に登頂!

 十一時、女神山山頂(955・8m)に到着しました。正確に計画書どおりです。山楽会のなかまの脚力、気力はたいしたものです。お天気よし、無風のなかで、十二時までゆっくりとたのしい昼食休憩です。
Photo_10  頂上は、標高が高く、風もつよいためにブナ樹は灌木化しています。東には岩手県側の、西は秋田県側仙北平野の展望が楽しめました。北への尾根つづきには、真昼岳(1059m)が望まれました。遠い山々は、霞んでいてよく見えないのが残念でした。
 「女神山山頂」標木のまえで、登頂記念の写真撮影をしました。下山開始。県境コース分岐、十二時十分、晴れ。ここからはなだらかな県境尾根のブナ林のなかをすすむ。高度が下がるにつれて、ブナの黄葉がみごとになっていきます。その林床には、黄色に葉を染めたオオバクロモジもたくさん生えています 
 女性のみなさんの合唱も聞こえてきました。      

  ブナ見平の
  みごとなブナ樹林
  十三時十分、ブナ見平(680m)に着きました。名前のとおり、形のよいすばらしいブナ林が広がっています。下から四人の茸採りが登ってきました。籠をのぞきこむと、収穫はなにもありません。「全然ない」と嘆いています。ことしは、ブナの堅果は大凶作、茸もおつきあいして凶作なのでしょう。きれいなブナ樹を背景にして記念写真を撮りました。Photo_11 班ごとの写真も。

Photo_12  名瀑「降る滝」を見学
 女神霊泉には、十三時四十分に降りました。ザックをデポして、降る滝を見物しました。見事な滝です。火山の多い奥羽山脈のなかで、和賀岳から真昼岳、女神山にかけては、隆起山地なので、こういう地形が見られるのでしょう。
 十四時五分、ふたたび登山口に向けて下ります。白糸ノ滝の見物は省略、上部の登山道から垣間見ました。登山口には、十四時三十分に帰着しました。班ごとに整理体操。五十分、バス出発。

 大沓温泉で汗を流して
 帰りは、湯田町大沓温泉に寄って、一日の汗を流しました。
 二台のマイクロバスへの分乗で、全員での交流ができなかったのは残念でしたが、いい山といいお天気の満足を乗せて、帰路についたことでした。

    

登山に役立つ話(41)「鳥海山のこと、その2」

 鳥海山の気象について

 前回、鳥海山のような日本海側の高山では、厳冬期には世界一の積雪、強風にさらされることが、「偽高山帯」をつくる理由だとのべました。

 * 鳥海山の雪
 秋田での高齢者大会に招かれた長野県栄村長高橋彦芳さんは、村には積雪七メートルの記念碑があると話されました。山では、これに数倍する雪が降ります。
 昭文社エリアマップ「鳥海山」の調査・執筆をした池田昭二さんは、「鳥海山では、吹きだまりも数えると厚さ九十メートルもの積雪地点がある」と話しました。これは驚異です。残雪(雪渓)の大きさ、長さからしても、鳥海山はわが国有数のものです。月山の夏スキーが喧伝されます

が、鳥海山の東面の残雪の大きさには及びもつきません。

  * 冬の季節風の
     ものすごさ
 冬、西高東低の気圧配置(冬型)が、日本海側の地方に寒気と降雪をもたらします。北極地方に中心をもつ高気圧・寒気は、日本あたりの中緯度では波形を呈しますから、それが移動性の高気圧、低気圧として現れます。
 つよく寒い高気圧が日本海を渡るときに、暖かい日本海の水蒸気を十分に含んで、日本にやってきます。これが、鳥海山、出羽丘陵、奥羽山脈に衝突して大雪を降らせます。海から直接にせり上がる鳥海山では、冬の風は強烈です。山の風速は、ときに平地の七倍、十倍にも達しますからたいへんです。

  * 案外に高い、
     鳥海山の気温
 では、厳冬期の鳥海山の気温も、シベリアに近い分寒いのかというと、そうではありません。鳥海山の真冬の強風時でも、せいぜいマイナス二〇度くらいまでで、ふつうはマイナス一五度どまりです。これは、内陸の蔵王連峰熊野岳あたりで、しょっちゅうマイナス三〇度以下になるのと比較しても暖かいといえます。

 * 秋→冬は、
   めったに晴れない
 冬に鳥海山が晴れるのは、大きな高気圧に上空が覆われたとき。これは、月に一、二回しかありません。また、日本海に低気圧が入ってきたとき。これは、疑似晴天といって山の遭難を招くことが多いものです。

  書き尽くせませんが、鳥海山は、その位置、高度からして、秋田県内の他の山に比して、いくつもの特異な気象現象をもつといえます。冬に限らず、いったんお天気が崩れたら「危ない山」だということも知っておきましょう。

2008年10月14日 (火)

 第7回登山入門講座「太平山」

Photo 第7回登山入門講座は、秋田市の奥座敷である太平山で、十月七日に、三十人の参加者によって開催されました。
 七時二十分、松原の補陀寺の駐車場に、八台の車で参加者三十人が集合しました。「登山資料」として、「無雪期登山標準装備表」と「地形図『太平山』」コピーが渡されました。初めての参加者として、熊谷誠喜さんが紹介されました。
 斎藤重一リーダーのあいさつのあと、旭川を溯って仁別国民の森、旭又に向かいました。天気予報では、日中はくもりか雨で、夕方から天気が上がってくるそうで、ちょっと心配でしたが、どうやら早めに青空が広がってきたようです。「さすがに、山楽会日和だ」とみなさんうれしそうです。

  旭又口から登山
 旭又(300m)に八時十五分着。登山準備、体操。地図で現在地の確認。八時三十分、記念写真撮影後、一班を先頭にして、出発。
 前日の雨で、山道は濡れていますが、さわやかな朝です。このあたりは、まだもみじには早いようです。弟子還沢橋を渡り、まもなく山ノ神(405m)に着き、小憩、九時。祠があります。ここは御滝神社とも呼ばれ、近くの旭又沢にきれいな滝があります。昔は、この滝で心身を清めて山に登ったから、垢籬事場ともいいました。敬虔な修験道の盛んだった昔、そして、山を敬いながら仕事をした杣人の心のさまがうかがわれます。

 ひとりの故障者もなく
  アヤメ坂を登る!
 いよいよ、第一の難所であるアヤメ坂です。名前は、急坂の両側にヒメシャガ(アヤメ科アヤメ属)が群生して、五月末から六月の花期にはみごとな花の道になるのに由来します。いまは、緑の葉だけしか見られませんでした。
Photo_2 九時三十分、坂の中間点で小憩します。急坂で息が切れます。水分補給を指示されます。このあたりは、ブナ、ミズナラのあいだに、天然スギの巨木が天を摩して、見る者を圧倒します。登山道は、弟子還沢、御手洗沢にはさまれる尾根を登っていくのですが、ところどころ、奥岳、宝蔵岳、剣岳の主稜線が遠望できました。青い空が広がっています。

 湧き水の凅れた御手洗
  やがて、スギが見られなくなって、ブナの純林に変わりました。御手洗(832m)には、十時三十五分に到着、五十五分まで、ゆっくりと休憩しました。全員元気です。Photo_4 ふしぎなことに、御手洗の名前となった泉の水が涸れています。日照りがつづいたせいだと思いますが、はじめての経験でした。赤いお地蔵さんの前で記念写真。
 奥岳・旭岳稜線までのブナ林内の急坂もつらいところです。十一時三十分、小憩。やがて、先を行った小林英三サブリーダーが、十一時五十五分、稜線上の鐘を鳴らして、みんなを元気づけてくれました。

Photo_5  無残な小屋
 全焼の跡に心を痛める
 十二時十五分には、全員が奥岳(1170m)頂上に登りました。奥岳、旭岳(1140m)、笹森(1045m)、赤倉岳(1084m)、馬場目岳(1037m)とつづく主稜線の紅葉、黄葉はみごとでした。エゾオヤマリンドウの花が霜焼けしながら、わずかに見られました。昼食休憩です。Photo_3 Photo_7 頂上小屋は、さる九月二十二日昼、全焼しました。痛々しい焼け跡を見ました。神社は類焼を免れましたが、管理人、神官は下山して、閉鎖されていました。奥岳に集中する各登山道の説明もありました。みなで、登頂の記念写真を撮影しました。十三時、下山開始。

Photo_6  いまも隆起している
       太平山?
 御手洗、十三時五十五分。ここで、斎藤リーダーから、太平山の成立ちについてのあらましが説明されました。この山は、隆起山地であり、県内で多く見られる火山ではなく、岩盤の基盤は花崗岩(白亜紀の花崗閃緑岩)であって、同じ粘土状の地表であっても、火山の火山灰、花崗岩の風化砂のものとは大きく違うことなどが話されました。
 山ノ神、十五時二十分。旭又、十五時五十五分に帰着。全員で体操。

 入門講座らしく
「個人装備」の解説が
 すぐに、国民の森園地へ移動して、十六時二十分まで、「個人装備」についての講座をおこないました。
 十七時から十八時まで、ザ・ブーンで入浴。このあとの女神山、小影山への参加の要請、十月十六日の「年金者一揆二〇〇八 in 秋田」への参加要請があったのち、全日程を終了しました。

登山に役立つ話(40)「鳥海山のこと」

 ① 鳥海山の「偽高山帯」

 悪天候のために、十月の月例登山鳥海山は中止でした。その悔しさもこめながら、鳥海山について、三回にわたって書きます。

 * 山の植生帯のこと

 山の植物の垂直分布は、低い所から頂上部にかけて、山地帯、亜高山帯、高山帯などと呼ばれます。ブナ、ミズナラ、コナラなどの落葉広葉樹林帯が「山地帯」(鳥海山では標高1000mくらい)です。
 「亜高山帯」はオオシラビソ、コメツガなどの針葉樹の植生帯を指します。ところが、鳥海山では、この針葉樹林が見られません。かわりに、(1500mあたりまで)ダケカンバ、ミヤマナラ、ナナカマドなどが密生します。
  1500mあたりから頂上部までが「高山帯」です。ここでは、尾根部、雪田部などに、ハイマツ、イワウメ、コメバツガザクラ、チョウカイフスマ、イワブクロ、イワギキョウ、ガンコウラン、コケモモなどのお花畑が広がります。

 * 「亜高山帯」=「偽高山帯」

 鳥海山、月山、朝日連峰、飯豊連峰などの日本海側の多雪山地では、オオシラビソなどの「亜高山帯」=針葉樹林帯が欠如します。そして、景色は高山帯とよく似ているので、「偽高山帯」と呼ばれます。
 なぜ、鳥海山などには針葉樹林がないのか、これにはいろいろな説があります。

 [梶 幹男説]1982年提出 いま、約1600mくらいのブナの上限が、温暖な縄文時代には、2000mくらいまで上昇した。針葉樹は、ブナにより追い上げられてしまった。やがて、気温が下がり、ブナ林の上限も下がったが、針葉樹は復元せず、偽高山帯が生じた。(ブナ追い上げ説)

[杉田久志説]1991年提出 東北日本の山地ではトウヒ属の針葉樹が繁栄していた。しかし、後氷期の多雪化により、針葉樹林は衰退し、全滅した。四千年ほど前から、オオシラビソなどモミ属の針葉樹が復活してくるが、日本海側多雪地帯では、これも拡大できなかった。(多雪説) 

 いまは、杉田説が有力です。
 なにしろ、鳥海山、谷川岳、白馬岳、立山、白山などの日本海側高山は、中緯度としては世界一の多雪帯、世界一の冬季強風帯ですから、「偽高山帯」のできるのもうなずけます。
  なお、鳥海山の支峰稲倉岳(1554m)には、数千本のコメツガ林が確認されていますが、これも不思議なことです。理由は、よく分かりません。

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